すぐ泣く子だった私が、子供の泣き虫は心配いらないと言い切る理由。

すぐに泣く子供

お子様が、

  • 何かあるといつもメソメソと泣く。
  • ヒクヒクと泣き始めると一日中治らない。
  • 幼児の頃から、小学生になっても、泣き始めると長引いてずっと涙が止まらない。

どうにかならないものだろうか?

なんて思っている親御さんもいらっしゃるでしょう。

 

実は、私は子供の頃、まさにそんな子どもでした。

正直、中学生2年頃までメソメソヒクヒク鳴いていました。

もちろん現在、大人になって、泣くような場面はありません。

しかし、あの「すぐ泣く子」だった頃の心象風景は、まだ頭の中に残っています。

 

幼児の心理学の専門家のご自身が、子供の頃に「すぐ泣く子」だったかどうかわかりませんよね。

参考資料として元「すぐ泣く子」だった私の体験が、今現在、すぐ泣くお子様を持つ親御さんの参考になれば嬉しい事です。

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心配はいらない。すぐ泣く子の泣き虫ぐせは大人になれば治る!

子供の頃の泣き虫ぐせは、大人になってゆけば自然に治まっていきます。

イメージとしては、

思春期と入れ代わるように

という感じでしょうか。

脳の前頭前野の成熟で泣きぐせが治まっていく

私自信の子ども時代の「すぐ泣く子」感覚として、

一度泣き出すと、なかなか切り替えられずその日中、泣いて過ごす、メソメソしながら学校から帰ってくるような状態でした。

現在だったら、なんらかの障害と診断されていたかもしれません。

しかし、昭和の時代、そんな子はクラスに1人ぐらいはいる繊細な子ども。ぐらいに済まされる時代でした。

一度泣き始めると感情のコントロールができない状態です。

このように感情のコントロールが出来ないのは、子供の脳がまだ成長の途中だからだと、最近の情報で知りました。

情動反応を起こす脳の部位は、大脳辺縁系という、やや古い、動物的な部位です。
思考することによって情動をコントロールする脳の部位は、人間だけが異常に発達している大脳新皮質の「前頭前野」です。

しかしこの前頭前野が成熟を迎えるのは30歳頃なのだそうです。

 

ということは、幼児、小学生、たとえ15歳の中学生であっても、

自分の感情を上手くコントロールできないのは当たり前と言っていいでしょう。

15の夜に校舎の窓ガラス破っちゃうわけです。

 

同じように泣き虫も、自分でどうしていいかわけわからないのです。

なかなか止まらないのです。

この前頭前野の成長の度合いや脳の発火する場所には人それぞれ個性があるようで、それが子どもの行動に表れるのでしょう。

それも、

30歳頃には前頭前野は、ほぼ成熟し、「泣き」をコントロールできるようになります。

ちなみに、

お酒を飲むと前頭前野の働きが鈍ります。よって泣いたり怒ったり、ようするに子どものようになってしまうのは、前頭前野が上手く機能していないからというのが原因のひとつです。

だから、お父さん、お母さんは、自分たちのお子様が、周りの子どもたちより「すぐ泣く子」だったとしても、悩むことではないと思います。

 

私が最後に大泣きしたのは中学2年の時でした。

小4の時からレギュラーだった少年野球チームで、最後の年に野球の上手い子が転校してきて不運にも補欠になってしまいました。よりによって最後の年に。

自分を納得させようと耐えても、涙が止まらず、残念会の間中ヒクヒク泣いていました。年下の子達も、泣き続ける私を見て引いていたような…。

 

まだ前頭前野が発達の途中だったと今の自分に納得させています。

すぐ泣く子になる原因は?

でも、なんで自分だけが「大泣き」する子どもだったのか?

まったく不明ですが、考えられるのはところをあげてみます。

  • 遺伝的気質
  • 家族構成
  • 幼児期の育てられ方

遺伝的気質による泣き虫

感情を前頭前野によってコントロールできない幼少期は、本人の持っている気質がダイレクトに表に出る

と言っていいでしょう。

気質は生まれ持って、両親から受け継いだものです。

つまり遺伝的なもの。

しかし、遺伝的なものなら、一族、親類の誰かに同じように「すぐ泣く子」「一日中メソメソ泣いている子」がいても良さそうなものです。

でも、父方、母方のいとこ達、十数人いましたが、だれ1人、「泣き虫の子」はいませんでした。

なので、私に於いては遺伝的な要素は少ないと思います。

家族構成で泣き虫の子はできるか

私は男2人兄弟の末っ子でした。

兄は3歳上です。

まあ、ヒエラルキーでは、一番下です。

これって、すぐ泣く子ができる要員になるでしょうか?

そんな構成の家族はどこにでもありますから、「すぐ泣く子」が生まれる要員とは言い難い。

幼児期の育てられ方

もうこうなると、原因はここいらへん。

親の育て方になっちゃうのか?

物心ついた時は、すでに「すぐ泣く子」でしたから、

自分で記憶できていない3才くらいまでの期間に形成された性質なのかもしれません。

と言っても、親を責めても仕方ありませんからね。

泣き虫な子は繊細で感受性が敏感

成人してからの私は、わりとぼーっとした人間です。

しかし、泣き虫エピソードや、他の事象を思い出して今、俯瞰で子ども時代の自分を見ると、

繊細で感じやすい子どもだったようです。

 

思い起こせば、子供の心因性の症状は

  • 自家中毒
  • 子どもの白髪
  • チック

みな、小学生の低学年の時に経験しました。

神経質な子どもがなるようなもの、みな経験しています。

特に自家中毒は頻繁になっていました。

それらと「すぐ泣く」癖は直接関係はないと思いますが、

繊細な子どもがなりやすい

という点では共通項だと思います。

本人(小学生の私)は、チックや若白髪など気にかけてはいませんでしたが。

「すぐ泣く子」のわりには面白くて人気者だった

子供の頃の私は、一旦泣き出すと一日中メソメソ泣いているような、精神のバランスが取れない子供でした。

しかし、この心の成長(前頭前野の成熟)のアンバランスのおかげか知りませんが、

幼児の頃から、絵を描くことが大好きで、暇さえあれば「お絵描き」ばかりしていました。

 

サバン症候群って知っていますか?

脳のある部分の活動が悪い人が、特定の分野でウルトラスーパーな能力を発揮できるという人が世の中にいます。そういう人をサバン症候群と言います。

私はそんな人々とは違う凡人ですが、泣き虫で繊細だったので、ひとりで黙々とお絵描きするのを好んだのかもしれません。

毎日毎日、怪獣の絵ばかり描いていました。

それが功をそうしたのか、大泣き虫だったわりには、クラスでは、絵が上手ということで、みんなから怪獣の絵を描いて描いてと頼まれ、イジメにも遭わずに過ごしました。

もし、あなたのお子様が「すぐ泣く子」で心配しているなら、心配しすぎるのは、返ってお子様に良くない気がします。

と言っても私も専門家ではないのでなんとも言えませんが。

 

とにかく、自分は繊細な性質が一長一短で、小・中学校を通して図画工作や美術だけはいつもABC評価の「A」、五段階評価の「5」でした。

※この才能で社会人になってから広告関係の仕事につきましたが、自分が凡人であることを思いしらされました。(ガクッ)

たぶん、あなたのお子さんも、仮に泣き虫だったとしても、それを補うような優れた個性をきっと持ち合わせているはずです。

そして、

大人になり脳の前頭前野が成熟するにつれて、心を自分で観察できるようになる頃には、泣き虫も消えていくでしょう。

泣き虫だった私自信の経験です。

大泣きした事件、いくつかの記憶

ここで私の幼少期の大泣き事件のいくつかを恥ずかしながら紹介します。

そんなことで大泣きすんのか?という出来事もあると思います。

心のバランスがまったく取れていなかった子どもでした。

小1 糸じゃなくてヒモじゃないとダメ事件

小1の時、理科の授業だったはずですが、先生から、家からヒモを持ってくるように言われました。

授業で、磁石を結んでぶら下げるためのヒモです。

小1の私は、家で母親に、明日、授業でヒモが必要であることを言ったのですが、

母親が出してきたのが、裁縫箱から出してきた縫い物に使う「白い木綿糸」

これしかしないと母。

私は大泣きしました。(笑)

この感覚、分かっていただけますか?

「これはヒモじゃない、ヒモって先生が言ったんだ〜!うわ〜ん(大泣き)」

母「これでいいっちゃ」と木綿糸。

私、大泣き。

とても、木綿糸を「ヒモです」と6才の私は認めることはできませんでした。(笑)

 

その時、なんと父親が、糸を束ねて手でより混んでヒモ状にして、まさに「ヒモ」を作ってくれたのです。

翌日、学校に行って安心してそのヒモに磁石を結んだのですが、

クラスの中に数人、木綿糸を持ってきた生徒がいました。ふつうに…。

あれれ?

でもいいや、父親に作ってもらったヒモが嬉しかった。

小1でも、「恥」「こだわり」という感情が強く働いていたようです。

小4 オシッコ持ってこい事件

現在の小学校では「尿検査」なんでやっているのでしょうか?

小4の時の尿検査で、私はクラスで1人だけ再検査になってしまいました。

クラス全員の前で、自分だけ先生に呼ばれて、最初の尿検査の時より大きい容器を渡されたました。

「いっぱいオシッコ入れてこいよー」

と男の先生は、ちょっと面白く言いました。

その時、クラスの女子の1人が先生に向かって、大胆にも

「先生、そんなこと言ったらかわいそう」

その時、なんだか惨めな気持ちになったのか、むちゃくちゃ恥ずかしめを受けた感じがしたのか。

手に容器の入った袋を持って立ち尽くしたまま、

下唇がめくれてきて、目に涙がじわーっと溢れてきました。

 

そこからずっとヒクヒクと授業後の掃除の時間も泣き続け、家に帰っても泣いていた記憶があります。

最初に提出した尿は、実は朝1回めの紙コップを、手を滑らせて落としてしまって、2回目のオシッコだったのです。

2回目の尿にはタンパクが出るということでした。(本当か?)

再検査では「異常なし」でした。

 

普通ならクラスの前で、オシッコ持ってこいよーと言われたくらいなら、「え〜?なんで〜?」とか笑ってリアクションできる子もいるでしょう。

でもその時の私の心はそこまで発達していなかったのです。

ここでも幼いながらに「自分がみんなと違う」とか「恥」とかにこだわっていたことがわかります

思春期に「すぐ赤くなっていた私」のルーツは、「すぐ泣く子」の延長にあったのかもしれませんね。

小さい頃に泣き虫で、正直辛かったこと

泣き虫は、脳の成長の個性だと思うので、心配はいらないと私は今はそう考えています。

しかし、「泣き虫」が治まっていく過程で辛い時もありました。

そう、思春期に入っていく頃、 まだ、他の同級生達も、ハッキリ言って前頭前野は成熟していません。

中学の時、嫌な思いもしました。

「コイツ、幼稚園の時、すぐ泣いてたんだぞー!」

別のクラスの頭の悪そうな男が、周りに人がいる前で言い放ちました。

その男は、幼稚園の時に同じ組にいたのを思いだしました。(小学校は学区が別でした。)

泣き虫の自分を忘れかけていた時に、自分の過去の恥部を暴かれる感じは、堪えました。

しかし、その頃はもう、泣いたりは流石にしなかった。

また、小学校の卒業の時、クラス内で自分のサイン帳にクラスのみんなにメッセージを書いてもらったのですが、 幼稚園の頃から同じクラスになることが多かった女子のひとりのメッセージに、

「前から、すぐ泣くからのやだ〜と思っていたけど、最近ずいぶん図々しくなったね。」

という別れのメッセージを頂きました。!!!

回す時に、クラスのみんながこれを見るだろうサイン帳に…。

私、ギャフン。

ひねくれた、その子なりの応援メッセージだったのでしょうが、 正直、ショックでした。

でも、その通りで、私は少しずつ図々しくなっていました。

もう「すぐ泣く子」からも卒業していたからです。

 

だから、あなたのお子様も大丈夫と私は言いたい。

親の不安は子供に伝わります。

 

以上、これはあくまで私はケース。

専門家の話も聞いてみるべきというしかありません。

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